年間第27主日(10月4日)の説教(テキスト)

今日は、 マタイ21章の後半、ぶどう園を「私物化」する管理者たちのことが語られています。この背景として、エルサレムへ向かうイエスの自伝も読まれます。

このたとえ話ででてくる「ぶどう園」というものは、創造主である神に創造された世界です (優れた先端技術のぶどう園で、やぐらはもちろん垣 (ガキ)も搾り場もあります)

この世界を管理するのは神から任さられている人間の役割で、これを地主が農地を農民に貸すという、ローマ帝国ではごく普通であった地主と小作人のたとえ話にしました。

歴史上、神と人間との間には3回ほど契約が結ばれ(ノア、アブラハム、モーゼ)、世界を管理する人間の命は神に守られていました。そして、人間がその約束を守 らない時、神の代表である預言者が遣わされ、その契約を思い出させてくれます。

しかし、その役割を果たす預言者は、人間に無視されるだけでなく、殺されてしまうのです。 そして最後の手段として、神様は自分の一人息子イエスを送って下ったのです。にもかかわらず、イエスは預言者と同じ運命を受ける (神は世を愛するほどに、一人子をお送りになって、十字架にかけられる)のです。

しかし人間の残酷さよりも、神様の良さ・優しさがより大きいものに見られるようになります。それは「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった」とあるように、捨てられた息子 (一人子イエス)が、世界の救い主になったのです。イエス・キリス トという石 ()の上に、おん父である神が自分の国を建てられるようになったのです。教会はその国の入口となったのです。

最近、教皇様が国連で行った演説は大変インパクトのあるものでした。

Covid-19の世界的流行の中で、兄弟愛と思いやりのあふれる社会作りを提案し、「共通の家の将来と共通の計画を考え直す」よう促したのです。Covid 19の流行で多くの命が奪われましたが、この危機を機会に、経済・健康・社会を考え直し、人間の弱さ・脆さに向き合い、生き方を変えてみましょう。 必要と必要でないことを区別し、正しく選択しましょう。

新しい道、神の世界づくりの計画に参加する、正義に基づく連帯、人間家族の平和のために働く、そして回心するきっかけに大切にする、ということです。

神様と自分と他者の関係を見直し、自国中心主義・エリート主義を排し、貧しく弱く、疎外されている人々を思いやりましょう。

教皇フランシスコが出した3番目の回勅(LAUDATE SI)は人間と自然との関係について書かれたものでした。本日出される4番目の回勅(Fratelli tutti)は、兄弟愛について私たちに課題を示しています。

1 基本的な医療を受ける権利 (医療制度を見直す)

2   将来を築き上げるための科学技術の役害」と道徳性の点から考える

3   雇用拡大 (労働の実り)と、非正規雇用・ロボット・長時間労働の規制、

4 難民・移民問題の解決 :入国管理、亡命者、家族

5 「もったない」文化の醸成 (食べ物、買い物のプラスチック袋、生活スタイル)

6 国際経済の見直し (グローバルに考え、ローカルに実践する)

7 実権配分 Subsidiarityという政治的な用語がありますが、これは権限委譲、規制緩和、という意味も含みます。一人ひとり (特に立場の弱い人)の独立性、自発性をうながし、お互いに一致を求め、希望在与えるものです。そのために、社会内の各レベルの上下関係を乗り越えたダイナミックな相互援助が望まれるのです。お互いの立場を尊重し、総合援助を生かせることによって、社会の中での一人ひとりの責任を生かせるのです。