2010年3月14日 四旬節第4主日   (C年)

  待降節にあたり、皆さんにお勧めしたいことがあります。聖書のルカによる福音15章を開き、ゆっくりゆっくり、限りない神の愛を示す3つのたとえ話を読んでみましょう。迷える子羊の話、無くした銀貨の話、そして放蕩息子の3つのたとえ話です。放蕩息子の話で、長男に注目してみましょう。長男はまるで私たちのようです。彼は確かに父親の言うとおりにしていましたが、それは機械的に、上っ面だけそうであっただけで、父親への敬意や愛情を示していませんでした。むしろ、怒って父親に会いたくないと家に帰ろうとしなかったり、弟のことを「あなたの息子」と言ってみたりしていました。頑固で冷たく、容易に人を許さない性格とも言えます。しかし、彼に最も欠けていたことは、彼は父親が実際彼のことを非常に愛していたことを理解していなかったことです。彼はあまりにも自分のことばかり気にかけていたので、父親の愛に気がつかなかったのです。
この父の無限の愛について、よく覚えておいてください。父親は長男と会って話すために家から出てきました。そして次の大事な言葉を言ったのです:「わが子よ、あなたはいつも私と共にいる。私のものはすべてあなたのものである。」
この3つのたとえ話を通してイエスは私たちの神、御父がありのままの私たちをどんなに深く愛してくださっているか、教えてくださっているのです。放蕩息子が帰ってくるのではと期待して、父親は遠くの道を見ていました。そして次男を見つけると家から駆け出して彼を抱擁したのです。「わが息子よ、お帰り。」 (この時代の父親は、威厳に満ち、走ることなどしませんでした。そしてこれぼどひどく父を侮辱した息子を温かく迎えるようなことはありえませんでした。)しかし私たちの神、御父はこの世の父親とは違います。神は無条件に私たちを愛してくださっているのです。)
ゆっくりこのたとえ話を読んでください。祈りの心を持って時々黙想し、イエスの深い教えを感じるようにしましょう。私たちの父である神は私たち一人一人に今日も生きている声でおっしゃいます:「わが子よ、私はあなたを愛している。あなたはいつも私とともにいる。私の持っているものはすべてあなたのものである。」