聖家族 2004年12月26日

今日は聖家族の日です。 聖家族は、ヨセフ、マリア、そして幼きイエスの三人家族を意味します。わたくしたちは、この聖家族を何か私達から遠く離れた、聖なる完璧な家族として考えがちですが、そうではありません。

マリアもヨセフも、人間でありましたので、完璧ではありませんでした。聖家族といえども、人間的な暗闇、苦しみ、他人からの誤解もあったのです。聖書からもそのようなことを垣間見ることができます。

例えば、貧乏なためどの宿からも宿泊を断られ、初めての子供の出産を馬小屋でさせなければならなかった...この時のヨセフの気持はどのようなものであったことでしょう。自分はダメだと落胆したとしても、それは人間として自然なことです。

また今日の福音(マタイ2・13−15、19−23)の中で、ヨセフが妻と幼い子供を連れてエジプトに行かざるを得ない状況となったり、そこから再びイスラエルに移動する様子が描かれています。突然、親戚も友達もいない外国へ行くことになり、そこで生活をしていかなければならない状況、これは現代の私達にもその難しさはよくわかることです。

イエスが12歳の時、巡礼から帰る途中親からはぐれ、3日間行方不明になるということがありました。イエスは神殿にて見つかりましたが、一生懸命さがしたマリアとヨセフの不安・困惑は大きいものであったことでしょう。率直に言って、マリアは自分の子供イエスについて、いろいろなことがわかりませんでした。わからないままに、マリアは懸命に神に祈り、助けを求めたのです。ヨセフとマリアは、詩篇をよく読んだと言われています。

現代の日本では様々な事柄が速い速度で変化しており、定まらないことが多くなっています。こうしたなかにあって、安定した家庭生活を営むことはますます難しくなってきています。夫婦の仲があまりよくないのは、現代の日本社会の残念な特徴です。

どんな人でも、聖家族ですら、人間である以上みな問題をかかえています。皆さん祈りましょう。「どうして」「どうして」と自分一人で悩み、苦しむのはやめましょう。ヨセフ様、マリア様の助けを求めましょう。

さて皆さん、神様はご聖体の形でこの聖櫃のなかにいらっしゃいます。一方、この聖堂ではマリア様とヨセフ様の像がこのように左右にあります。これらはただの石膏の像ですが、私達がマリア様・ヨセフ様を思い出すためにとてもよい助けとなるものです。優しいお顔をしてイエス様を抱くマリア様、また材木を持ち、頼もしそうな様子のヨセフ様...。聖家族の助けを祈りましょう。

わたくしは47年前に日本語学校を卒業し和歌山の教会に赴任しました。着任したその日の最初の仕事として結婚講座の話をしなければなりませんでした。そこで私はアシジの聖フランシスコの祈りを勧めました。この祈りは、私が好きな祈りなのですが、家庭のための祈りとしてもふさわしいと思います。

アシジの聖フランシスコ 平和の祈り

神よ わたしをあなたの平和のために用いてください
憎しみのあるところに愛を
争いのあるところに和解を
分裂のあるところに一致を
疑いのあるところに真実を
絶望のあるところに希望を
悲しみのあるところに喜びを
暗闇のあるところに光を
もたらすことができますように助け導いてください。

神よ わたしに
慰められることよりも 慰めることを
理解されることよりも 理解することを
愛されることよりも 愛することを
望ませてください。

わたしたちは与えることによって与えられ
すすんで許すことによって許され
人のために命を捧げることによって
永遠に生きることができるからです