年間第2主日(A年)2005年1月16日

今日の第一朗読(イザヤ49・3、5−6)のなかで、「わたしの神こそ、わたしの力」という一節があります。 みなさん、この力強い言葉をよく噛みしめて味わってください。そして何度も繰り返してみてください。それはとても良い祈りとなるでしょう。

「私の神」は、旧約・新約を問わず聖書のなかでは非常によくでてくる、なじみ深い言葉です。ここでいう「私の神」のイメージとは、すなわち私自身の弱さ・至らなさ・人間的な弱さすべてを知って、全てを受け入れてくださる優しい神様、というものです。イエスご自身も「あなたの弱さの中で、私はあなたの力」と言っており、このような優しい「私の神」こそ自分の力の源泉になるということを言っています。

それではどのように「私の神」が自分の力となるようにするのでしょうか。それにはまず自分の人間的な弱さを認めなければなりません。自分の失敗、限界、悩み、苦しみに正直に向かいあいましょう。人間であるがゆえに私達が抱える弱さ・惨めさはとても大きいものがあります。聖書ではこれを「貧しさ」と言っています。宗教的な深化だけでなく、毎日の日常的なつとめをはたすためにも、まず自分の弱さ・「貧しさ」を認めましょう。

そして祈りです。今日の答唱詩篇(詩篇40・2+4a, 6, 10)にも、自分自身の祈りの材料があります。

神よ、あなたの不思議なわざは数えきれず、
そのはからいはたぐいなく、
わたしがそれを告げ知らせても、
すべてを語り尽くすことはできない

今週中、何回も日常の仕事をしながらも、「わたしの神こそ、わたしの力」という一節を思い出しましょう。

さて、自分の「貧しさ」と向き合うこと、そして「祈り」により自分の優しい神様と対話することをお話しました。次に、隣人・まわりの人との関わりかた、教会で言う「交わり」についてお話いたします。

今日の第二朗読(一コリント1・1−3)の中で、パウロは非常に長い呼びかけをもってあるべき「交わり」を示しています。コリントとは当時あった地中海沿岸の都市で、貿易港としてたいへん栄えていました。金銭的には潤っていましたが、港町の特徴として良くない評判もあったところです。パウロはそこで最初の教会をうちたてます。その後、パウロが他の町に移動するとコリントの教会はいくつかの問題に直面するのですが、パウロはこの「コリントの教会への手紙」で問題の解決を示しています。

その問題とは信徒共同体というものが、つい独善的になりがちで、外に対して排他的なクラブのようなものになってしまう、ということです。私達は独立的な存在ではなく、人との「交わり」を求め、内外に開かれた共同体であることが大事なのです。そのためにも一人ひとりが積極的に「交わり」を持つことが求められているのです。

最後に、この「交わり」の極めて具体的な例として二つのことを申しあげたいと思います。 まず今月22日に第三地区の信徒養成会が開かれますが、私たちが保土ヶ谷教会のみにこもっているのではなく、広く近隣教会の仲間と連帯できるように、積極的な参加をお願いいたします。 もう一つは今回のインド洋大津波に対する当教会からの義援金(カリタスジャパン)のことです。もう説明はいらないと思いますが、困っている多くの人々、特に子供たちについて、無関心であることはないと思います。よろしくお願いします