2010年6月27日 年間第13主日   (C年)

今日読まれた福音書の冒頭で、イエスはガリラヤからエルサレムへの旅に出発します。この部分は「旅のテーマ」と言われ、人生の旅路を象徴しています。しかし、これは単なる象徴以上のものなのです!イエスは、今日も我々とともに生きていて、私たちの人生の旅路において、同伴者となってくださるのです。
私たちの神は真に憐れみに満ちた神です。私たちの神イエスは私たちと同じ人間となりました。私たちの神は、実際に、我々人間の弱さを経験したのです。
今日の福音書で、イエスはサマリアの村人たちから屈辱され村から追い出されています。イエスの二人の弟子は、雷が落ちて村人たちが消え去ってしまえばいいと思いました。しかし私たちの神は、昔も今も、懲罰的な神ではないのです。
私たちも、人生の旅路の中で、孤独になり屈辱や拒絶に苦しみます。冷淡に扱われ、深い心の傷を負うのです。こうした時に、同じ屈辱や冷淡をその人に返したり、怨恨を抱え込んでいることは、心の傷をいっそう悪化させるだけなのです。私たちは祈りを通じてイエスのところに行き、助けや慰め、相手を赦す勇気を求めることができます。私たちが経験していることと同じことをイエスも経験したので、こうした状況をよく理解してくださいます。
忙しい競争社会の中で人生の旅路を歩む私たちにとって、孤独感はもう一つの経験です。イエスは深い孤独を経験しました。生まれ故郷のナザレから追い出されてしまったのです。「人の子には枕するところもない」と言っていますが、これは寂しい心からの叫びです。ですから、もし私たちも寂しさに遭遇した時には祈りを通じてイエスのところへ行き、助けと慰め、勇気を求めましょう。
「恐れるな、私はあなたと共にいる」とイエスは言っておられますが、これは私たちの手を握って人生の旅路をいっしょに歩んでくださる、ということです。私たちは決して一人ぼっちではないのです。イエスは「疲れた者、重荷を背負ってあえぐものは皆、私のもとに来なさい。休ませてあげよう。」と言っておられます。祈りを通じてその招きに応じましょう。たとえ、心の中が千々に乱れていたとしても。イエス様は理解してくださいます。イエス様ご自身も同じことを経験されたのです。