2010年7月4日 年間第14主日   (C年)

イエスがお生まれになった夜のメッセージは「平和」でした。
イエスはザアカイに、ペトロに、そしてその他の多くに人々に平和を与えました。イエスは、「あなたの罪は赦された。平和のうちに行きなさい」と言っています。最後の晩餐ではイエスは「私の平和をあなたがたに与える...私が与えるのは、世が与えるものとは異なる」と言っています。また、「平和のために働くものは幸いである。彼らは神の子である。」とも言っています。そして、ご復活後は、「主の平和」が定番の祈りの際の挨拶です。。
今日の福音では、イエスは72人の使徒たちに平和の賜物をあたえ、送り出しています。この時、「この家に平和があるように」という言葉を最初に言うように、と指示しています。

あなたはイエスの賜物である平和を心の奥深くで味わっていますか? 平和を強く切望していますか?
この素晴らしい平和、たとえ不安や苦しみの中にある時でさえも得られる平和をどのように味わったら良いでしょうか。まず、あなたと自らの子供として愛してくださる神様に出会えるように、静かな時間を持ちましょう。次のような言葉を繰り返し唱えてみましょう。
「神は私を愛してくださり、面倒をみてくださる。」 徐々に、あなたは神に愛されているという感覚は神の賜物としてあなたの心にしみとおってきます。そしてあなたは心の平和を得ることができるのです。あなたが神に愛されていると実感することで心の平和が得られます。
しかし、この平和を祈りを通して神に乞い願う一方、他の人々への平和の道具にならなければなりません。私たちは、温かくほほ笑んだり、思いやり深い優しさを他人に与え、他の人々の心に平和の種をまくことができます。この驚くべき効果は、このことにより、あなた自身も平和を味わうことができることです。これは神様からの贈り物です。
立派なクリスチャンであるキャサリン・ドハティー(1985没)はカナダのモントリオールの地下鉄に乗っていた時、たまたま隣に座っていた老婆に「話しかけても良いですか?あまりにも寂しいので。」と言われました。彼女はそのまま終点まで老婆と話続け、さらに折り返して反対の終点まで話し続けました。これは平和の道具であることの、一例です。
私たちも、私たちの能力に応じて、平和の種を今週蒔きましょう。キリストの平和を祈りましょう。平和がやってきます。それもほんのちょっとではなく、大河の洪水のように流れてくるのです(イザヤ書)。