復活節第4主日(A年)2005年4月17日(日)

(開祭の儀でのケンズ神父お話)
皆さん、ミサが始まるときに、入祭の歌と挨拶の後に私達は回心の祈りを捧げます。この回心は神様からの助けをいただく準備としてとても重要です。回心、「まわる心」と書きますが、まさに私達の人生において一生ついてまわるプロセスです。私達は人間だからこそ、暗い部分、足りない部分、惨めな部分などがあります。勇気を持ってこれに向かい合い、自分の至らなさを謙遜に認めましょう。回心の準備として、謙虚・謙遜の心をもつことが必要です。

(ことばの典礼でのケンズ神父お話)
今日の第二朗読(一ペトロ2・10b−25)で読まれる聖ペトロの手紙は西暦90年頃に書かれたといわれています。その時代はローマ帝国によるキリスト教の大迫害が始まったころで、苦しみの中で信者達はどうしたら良いか、悩み続けていました。ペトロの言う、苦しみの中にあってイエスとともにいること、イエスが示された模範に続くこと、は今も昔も変わりません。

(説教:グンテル助祭)
皆さん、今日は召命祈願日です。私達は召命というと司祭、修道士の召し出しだけを考えがちですが、神様は私達信徒全員にキリストの弟子としてその証しをするように求めておられます。私達はみな、神様から一人ひとり特別な賜物をいただいており、それぞれ何かできることがあります。いただいた賜物を生かして、神の証しとすることができるようにいたしましょう。この意味で司祭・修道者・信徒は皆同じ神の証し人なのです。この証し人の中で、特に司祭・修道士は自分自身を神に捧げるものです。私のことになりますが、大学生のころ先にヨハネ・パウロ二世の伝記を読んで深い感銘を受けました。著者はユダヤ人のテレビアナウンサーでしたが、私はこんな人がいるのかと驚いたものでした。神様はいろいろな形でインスピレーションを与えて下さいます。若い人たちが、これからの教会をささえていく司祭・修道者となるように祈っていきたいと思います。今日の福音(ヨハネ10・1−10)は、羊は羊飼いの声を知っているのでついていくが他の者には決してついていかない、と言っています。私達もこの羊と同じように神の声を聞き分けたいと思います。

(ケンズ神父のお話)
皆さん、嬉しいお話があります。先日東京大神学校の校長様から手紙が届き、グンテル神学生は今後一年間引き続き保土ヶ谷教会にて働くことになりました。(大きな長い拍手)

テレビなどで皆さんすでにご存知かもしれませんが、明日よりバチカンではコンクラーベ(conclave)と呼ばれる教皇選出の集まりが始まります。コンクラーベとは「鍵の掛かった中」という古い言葉ですが、その言葉のとおり世界から完全に隔離されたなかで、集まった115人の枢機卿のなかから新しい教皇が選ばれます。コンクラーベの中に神様の聖霊が降りるようお祈りいたしましょう。

さて一粒会について少しふれておきたいと思います。一粒会は信徒の皆さんが祈りと献金を通じて司祭・修道者の召命を支援する会です。祈りと献金をお願いいたします。

また、新しいキリスト教入門講座が今月から始まります。信者・未信者を問いませんので、信者の復習としても最適です。また皆さんのまわりにキリスト教に関心がある方がいれば是非おすすめください。できるだけ多くの未信者に参加していただきたいと考えています。