年間第33日(A年)2005年11月13日(土)

神様からいただいた
恵みを
他人と分かち合いましょう

今日の福音(マタイ25・14−30)は有名なタラントのたとえ話です。当時の1タラントは普通の人の年収の20年分とも言われますので、現在の1億円にも相当するたいへんな金額でした。たとえ話は、ある人が長い旅にあたって3人の部下に大金を預ける話です。能力に応じて、それぞれ5タラント、3タラント、1タラントが託されました。そして、長い不在の後、主人が戻ってくると二人の部下はそれぞれ預かった資産を運用して倍増していました。一方1タラントを預かった者は、リスクを恐れてお金を地中に埋め、少しも増やすことなく主人に返しました。主人はこの、少しも資産を増やそうとしなかった部下を「怠け者の悪い僕(しもべ)だ」として激しく怒ります。
さて、このたとえ話の現代的な意味はどのようなものでしょうか?
現代の価値でいえば1億円、5億円ととても大きな金額が言われているのは、神が人間に与えている贈り物はとても大きなものだということを示そうとしています。私たちは神から何らかの形で、とても素晴らしい贈り物を得ており、それらは「長所」と呼ばれます。その自分の素晴らしさ、「長所」をしっかり認識しなさい、ということが最初のメッセージです。私たちは困難・問題に直面するたびに自分の弱さ・短所を認識せざるを得ず、欠点ばかりを見がちです。しかし実際には私たちは皆、さまざまな才能を神からいただいておりさまざまな形であらわれる長所を持っています。私たちは皆、何かができるのです。その大・小は関係ありません。なぜならば状況次第で大が小となり小が大となるからです。
ありとあらゆる、いろいろな長所があります。たとえば、第一朗読をしてくださった方は編み物が上手です。ある人は思いやりがあり暖かくて聞き上手、ある人は絵がうまい、また歌がとても上手な人がいます。また商売の才覚がある人もいます。みなさまざまな形であらわれる神からの恵みです。その恵みをはっきりと心の中でとらえ、認めましょう。そしてその贈り物について神に感謝いたしましょう。神への感謝は、その才能を滅ぼしてしまいかねない危険な問題、「傲慢」を防いでくれます。
神への感謝は、どのような形で示したらよいのでしょうか。
神の希望は、結局「わかちあうこと」に尽きます。
「ほほえみは平和のはじまりです」(マザー・テレサ) 皆さん、暖かい挨拶・ほほえみを隣人と交わしているでしょうか。暖かい関わりのある挨拶・ほほえみを隣人に与える能力は、神が誰にでも与えた、最も基本的な才能です。
「与えることによって与えられ」、「命を他人のために捧げることによって、永遠に生きることができる」(アッシジの聖フランシスコ)というのはイエスの教えの根幹です。
神様から折角いただいた素晴らしい贈り物に十分気づかないことは、地中に埋めてしまうことと同じです。
どうしたら贈り物を大きく育てることができるか、考えてみましょう。