2006年12月10日 待降節第ニ主日 (C年)

待降節は私たちがイエスの誕生について準備する期間です。
では、どのように準備するのでしょうか。 まず、私たちの信仰とイエスの教えの基本的な意味について、改めて「見直す」ことから始めましょう。 (見直しとは信条の転向までも意味します!) そして「神は私たち一人ひとり、あるがままを愛してくださる」というイエスの基本的な教えを想いおこしましょう。この最も大切な事実を深く認識することによって、私たちは喜びの贈り物を神からいただけるのです。

本日の第一朗読(バルク5:1−9)では、神殿を焼かれ遠いバビロンに虜囚となり、嘆き悲しむユダヤ人たちが描かれています。預言者バルクを通して神は、「絶望してはならない。喪服のような服を着るのをやめ、明るい色の楽しい服を着なさい。」と言いました。これは言い換えれば、「神はあなた方を愛しているので、希望を持ちなさい。神はあなたを気にかけているのです。」ということです。今日、私たちの神はまったく同じ言葉を私たちに言っておられます。

第二朗読(ピリピ1:4-11)では、聖パウロは「喜び」について語り、「イエスキリストはあなた方を愛していらっしゃいます」と言っています。神の愛と私たちの喜びは常につながっています。

福音(ルカ3:1-6)では、洗者ヨハネは私たちに、回心し悔い改めるよう求めます。これはつまり、現在の私たちの生き方をもう一度見つめなおし、新しいスタートをきるよう求めているのです。(いつでも、イエスの示す道に戻り、新たな出発をすることができるのは、大きな慰めであり、励ましです。) まさに人間であるからこそ、私たちは皆、曲がりくねったデコボコして険しい小道を、心のなかでたどっていかなければなりません。

心の扉を開けて、愛と光を招きいれ、神からの愛を受ける喜びを心の中で輝かせましょう。神からの力によってのみ、私たちは曲がりくねった心の中の道をまっすぐに、なめらかにすることができるのです。

待降節に備えてちょっとした練習をしてみましょう。鏡に映った自分の顔を正視し、自分の目をみつめてみましょう。 そして、その目を通して自分の心を深く見てみましょう。あるがままの自分を見、そして大きな声でつぶやいてみるのです。 「神は、あるがままの この私を愛してくださる」と。 今週はこのことをやってみてください。寛大で愛情にあふれる神からの贈り物、心の平安と喜びを感じることができるはずです。