2007年1月7日 主の公現(C年)

しばしば、聖書は2層の構造となっていることがあります。上の層は、古代の 歴史的な出来事を叙述したものです。下の層は、今日の私たちに働きかける 現在の信仰です。
今日の聖書は、主の公現(これは神ご自身が我々の前に姿を現されたことを 意味するのですが)について書かれていますが、これを例にとってお話しま しょう。
誕生したイエスに会いに来た三人の博士は、ユダヤ人ではありませんでした。 これは歴史的な出来事です。しかしイエスは、ユダヤ人のみならずすべての 人々にとって、頼ることができる存在だったのです。また三人の博士は、 不思議な星により導かれイエスのもとに到達しましたが、これも私たちが神 ご自身の導きにより、神に到達できることを暗喩しています。
これを、自分自身の人生にあてはめ、振り返ってみました。私には、イエスと の出会いという、とてつもなく大きな恵みが与えられました。イエスは私の 人生の旅を、慰めや力をあたえてくれる同伴者として、ともに歩んでくれています。 イエスは、とてもはかない存在の人間であるわたくしを、あるがままに優しく 受け入れてくださいます。
このような神の恵みに私はとても感謝していますが、神はこの恵みを他の人々 と分け合うように、と願っているのです。

皆さん、私たちの心の中の宝箱をあけてみましょう。
三人の博士がイエスに黄金をささげたように、私たちは、価値ある贈り物として 「思慮深さ」を隣人にささげましょう。
三人の博士がイエスに香料をささげたように、私たちは、香り高い「感謝と優しさ」 を隣人にささげましょう。
三人の博士がイエスに没薬をささげたように、私たちは、美しく、不思議で素敵な 香りのする「許しと和解」を隣人にささげましょう。

神よ、これらの宝物を私たち示していただいたことを感謝します。 神に感謝。