2007年2月18日 年間第7主日(C年)

「汝ノ敵ヲ愛セヨ、汝ヲ憎ム者ニ寛大デアレ」 「汝ヲ罵ル者、汝ヲシイタゲル者ノ為ニ祈リナサイ」と言われたら、正直どうでしょう?

「そんなこと絶対に無理です!」とおっしゃるでしょう?、そう、そのとおりです。 人間はそれぞれ異なっているので、人との仲たがい、ちょっとした衝突は、世の常です。
しかし、イエスはそれを許すように命じています。「そんなこと、無理です」と、 またあなたはおっしゃるでしょう。私達は他人の(心ない)言動によってしばしば傷つき、 その相手に対して憤りや強い不満を持ちます。私達はそんな憤り・不満を押し殺したり、 忘れようと努力することはできますが、怒りのあまり眠れなくなったり、 ノイローゼ気味になるほどストレスを感じるようになると、 これら押し殺していた心の傷が表面に出てきます。これらはあたかも癌が表面に出ず、 内面を食い荒らしているようなものです。これらについて、 私達が対処すべき方法があります。 これらは、必ず、祈りの心を持って行わなければなりません。 (これらは、単なる心理療法的な療法ではありません。)

  1. まず、神様に自分が現在どうしようもない状況であることを認め、 神様に助けを求めましょう。
  2. 神様の温かい配慮のもと、あなたの心の傷口と向かい合いましょう。
  3. 神様に助けを求め、祈りつつ、あなたを傷つけた人の心に入っていきましょう。 その人の生い立ち、人格、その人の持つストレス、考え方等など。 人の心の働きはとても複雑です。他人を理解することなしに、 他人を許すことはできません。無理にその人を無罪潔白に仕立てなくても良いのです。 ただ、そのような人もいるのだと理解しようとしましょう。
  4. 一方、祈りながら神があなたを幾度となく許し、理解し、 受け入れてくださったかを思い出しましょう。過去、何度も、何度も、何度も、 あなたは神に許されているのです。
  5. また、祈りながら、十字架に釘で打たれて磔刑となったイエスを想いうかべて 見ましょう。兵士が手を十字架に釘で打ちつけている時に、 指導者たちは皆イエスをあざ笑っていました。 (それはあたかも現在の「いじめ」のようなものです。) イエスは「父よ、彼らを許してやってください。 彼らは自分が何をしているのかわかっていないのです。」と祈ったのです。

もしあなたが、「わたしはあの人を許したい」と思えるような心境に至った時、 あなたは平和へ向かい始めたということになります。その時は、 またゆっくりと聖書を読み、自分だけでは対処できないことを認めつつ、 神の助けを請いましょう。神の助けは必ずきます。神はとても寛大なのです。