2007年2月25日 四旬節第1主日(C年)

復活祭の準備である四旬節が始まりました。四旬節は、私達の生き方の基本を見つめなおす、「心の棚卸し」の時でもあります。今日の聖書は、そのような私達に指針を与えてくれます。

第一朗読(申命記26・4−10)では、私達は追憶の祈りの例をみることができます。この祈りのように、私達も両親や祖父母、祖先を思い出してみましょう。またあなた自身の良かった時、苦しかった時を思い出してみましょう。これらの出来事や人々を、神とともに思い出してみるのです。こうすることでこれらの出来事や人々について、新しい見方ができるのです! 私達は神を発見し、「神の強力な助けの手が、私達に長く差しのべられる」ように、私達の実際の暮らしに実際に作用するのがわかるようになるのです。  第二朗読(ローマ10・8−13)では初代教会のもっとも基本的な信仰箇条、イエスは我が主である、に触れています。主は常に私達を気にかけてくださっているということを常に思い出し、すべてを主の御手にゆだねましょう。  福音(ルカ4・1−13)では、イエスが荒れ野に行き、物質的な物への誘惑、権力を行使する誘惑、自分の力を誇示する誘惑という、人間の三つの誘惑に打ち勝つ様子が描かれています。私達も、精神的に、荒れ野へ行く必要があります。そこでは世俗的な雑音、利便、娯楽がないゆえに、神と直接出会うことができるのです。私達は内側にある自分自身と対面し、実際の自分がどんなにみじめであるか実感します。言い換えれば、私達はそこでしみじみと神と神からの助けが必要だと実感するのです。

灰の水曜日に私達の額は灰で印をつけられ、「回心し、良い知らせを信じなさい。」と言われます。  回心は日本語では、回る心、と書かれます。また、「良い知らせ」とは、神はあるがままの私達を愛してくださる、ということです。  ですから、自分自身について新しい見方をするようにし、心の向きを変えて、新しいスタートを切りましょう。そして神が私達ひとりひとりを愛してくださるということを信じるのです。

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