2007年3月4日 四旬節第2主日(C年)

聖書は二つの部分、旧約聖書と新約聖書からなります。

聖書(テスタメント)は双方向の約束(または契約)を意味する言葉です。ですから、全ての聖書を通じて、この約束はもっとも重要な主題となっています。神ご自身が人間に対して厳粛な約束を行い、私たちも同じ約束を神に対して行うのです。

今日の第一朗読(創世記5-18)では、神はアブラハムに対して厳粛な約束を行っています。それは3,500年前の出来事でした。しかし神は、その厳粛な約束を今日の私たち一人ひとりに対して行っています。神の約束は「あなたは私の特別に選ばれた子供です。私はあなたとともに常にいます。私は常にあなたの面倒をみます。」というものです。

キリスト教徒である私たちは、教会で洗礼を受けることで、神がこの約束を正式かつ公けになさったことを信じます。

神の約束は永遠のもので、また無条件のものです。これは、もし私たちが神を忘れたり、さらには神を拒絶・否定したとしても、神は私たちを忘れたり気にかけるのをやめるということはない、ということです。

神が自分たちを気にかけてくださるという神への絶対的な信頼のもと、アブラハムはハランにある家を捨てて、彼がどこへいくのかも知らず、見知らぬ砂漠へ旅立ちました。彼は神が彼の面倒を見てくださるという約束だけを知っていたのです。アブラハムにはそれだけで十分でした。「わが主よ、わたしはあなたを信じます。」これがアブラハムの神への約束でした。アブラハムは私たちの手本、あるいは聖書がいうように、「アブラハムは私たちの信仰の父」でした。

今日、自分自身にこのように言ってみましょう。

「神ご自身が、とるに足りない私に約束をしてくださった。」

何度もこのことを考え、祈りましょう。これにより新しい元気が生まれ、また私たちの日常の生活に新鮮な意味を見い出せるはずです。

神を信頼しましょう。神はかならず約束を果たしてくださいます。