2007年4月8日 復活の主日(C年)

「復活」。 この言葉の意味を辞書でしらべてみることはできます。いろいろ書いてあり、頭ではなんとなくわかる気がしても、心には全く響きません。

私にとって、イエスの復活とは、イエスがこの今も生きていてこの今も私のすぐ傍らにいてくださる、ということです。またこれは、福音にかいてあるイエスの言葉は2千年前のできごとではなく、この今も私に実際に作用していることなのです。

イエスは、この今も、私達ひとり一人につぎのように語りかけています。

「恐れるな、私はあなたと共にいる」、
「疲れた者、重荷を担っているいる者、わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」、
「あなたが弱くなっているときに、私はあなたに力を与える」、
「求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。」、

これらは私が人生の道のりを歩むのに力となっているイエスの言葉の一例です。

そして、何度も繰り返しますが、これらは今日も生きている言葉、ご自身が復活し私達の間にいきていることにより裏打ちされた生きているものなのです。これが私にとってのご復活です。

ご復活について、わたしは二人の日本の作家に理解を助けられました。遠藤周作は「イエスの生涯」の中でイエスを「同伴者」と幾度も表現しました。これはイエスは私達と人生を共に歩んでくださり、喜びも悲しみも失望も、ともに担ってくださるのです。私達は決して一人ぼっちではありません。わたしにとっては、これこそがご復活の核心的な意味と思っています。もう一人は、ノーベル賞受賞作家の大江健三郎です。大江は日本社会は現在危機、希望の無い社会になりつつあるという危機、を迎えていると言っています。私達は物質的なニーズに追い回され、本当は一番大事な心のニーズを忘れてしまっているのではないでしょうか。わたしにとって、イエスのご復活は私の希望の土台となっています。

どうか皆様が、イエス様を人生の同伴者とし、それにより慰めと希望を得て教会へいらっしゃるようお祈りしています。ご復活おめでとうございます。


復活のロウソク

【復活のロウソク】
復活したキリストを光に例えています。
ロウソクに書かれているA(アルファ)とΩ(オメガ)は、ギリシア語で初めと終わりという意味があります。
また、十字架の香粒は、キリストの5つの傷を表しています。
今年も復活のロウソクに光がともりました。
そして2000年の時を経た今も「わたしは復活し、あなたと共にいる」と。

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