2007年4月22日 復活節第3主日(C年)

イエスが最初の教会のリーダーとして選んだペトロは、福音書において生き生きと 描かれています。ペトロは力量がある男でしたが、その欠点も描かれています。 彼は一貫して衝動的に行動しがちでした。 そしてよく考えずに、間違ったことを 行ったりしゃべったりすることがしばしばありました。ペトロは明らかに良く 知っているイエスを「知らない」と言ったり彼の弟子ではないなどと、 3回もイエスを否定しました。

今日の福音(ヨハネ21:1−19)は、 復活されたイエスが再びペトロに会う 情景です。ペトロの3回の否定にあわせて、イエスはペトロに3回「ペトロ、 私を愛しますか?」と尋ねました。これは放蕩息子の寓話を、自ら実際の行為で 示したものです。

この情景は現代に生きる私達にどのような意味を持っているのでしょうか? ここでは、私達を自由にしてくれる、日常にかかわる重要な真実が語られています。

(1)神は私達一人ひとりの意志の弱さをご存知で、そのうえでなお私達を 愛してくださいます。優しい神さまのこの無条件の愛は、慰めと励ましに 満ちたキリストの道の真実なのです。この、神様からこんなにも受け入れられている ということを、あなたは受け入れることができますか?

(2)このペトロの情景は、もし人が心底悔いたならば、神はまったく、完全に、 その罪を許してくれることを示しています。その段階で罪は完全に消え失せます。 それゆえ、キリストの道には不健全で悩み深い罪悪感はありません。あるのは、 ゆるしに対する感謝の気持ちのみです。

(3)イエスはこの今も生きた声であなた自身に、あなたの名前を呼んで語りかけます。 「OOOO、あなたは私を愛しますか?」 この非常に重要な問いに答える前に、 イエスが私達に与える無条件の愛の背景について考えなければなりません。 その、とてつもなく大きな愛を前提にすることができて初めて、私達はイエスの問いに 答えることができるのです。「OOOO、あなたは私を愛しますか?」

静かな祈りの中で、神であるイエスが私達一人ひとりに与えてくださる無条件の 愛について考えてみましょう。そして神様の重要な質問に答えられるよう祈りましょう。 イエスは私達に完璧を求めているのではなく、答えを聞きたがっておられるのです。