2007年4月29日 復活節第4主日(C年) [宮内神学生]

ケンズ神父様から、「あなたの召命の話をして下さい」と依頼されましたので、今日は神父様のお説教の代わりに、私が自分自身の召命の道のりについて、少しお話させていただきます。  私は1980年に東京の本郷で生まれました。家族は、母方の相母を除いてみなカトリックの洗礼を受けており、私も生まれて約半年後に、カトリック本郷教会で洗礼を受けました。洗礼名は、アッシジのフランシスコです。その後、私が1歳になる前に神奈川県藤沢市に家族が引っ越してしまいましたので、本郷の家のことも、本郷教会のことも記憶にありません。

教会についての一番古い記憶は、父に連れられて藤沢教会の日曜日の御ミサに参加したことです。多分、幼稚園に入るか入らないかぐらいの頃だったと思います。当時の藤沢教会ではコロンバン会の神父様たちが司牧をなさっていました。一際強く印象に残っているのは、そのころの主任司祭の祭服姿です。緑色のカズラを着て颯爽と御ミサを献げられるその神父様の姿を見て、子供心に「かっこいいなあ」と思ったのをよく覚えています。また、ちょうど同じ頃、確か母親から、「神父様は、結婚しないでみんなのために働いておられるのよ」と言われ、「すごいな〜」と思ったことも記憶に残っています。

今から振り返ると、司祭召命の道を歩きたいと思うようになった原点は、このような司祭への単純な憧れだったのだと思います。

さて、私は、幼稚園と小学校はプロテスタント、中高はカトリックの学校に通いました。特に幼稚園と小学校では、礼拝、聖書の話、お祈りなどが割と日常的にあったように思います。クリスマスには、聖劇などもあって、今でもいい思い出です。

藤沢教会には教会学校に行っていたこともあって、小学校に入ってから4年生が終わる頃までは、ほとんど毎週行っていたと思います。教会学校で何をしていたかはよく覚えていませんが、一つだけ良く覚えていることがあります。

今でもそうかもしれませんが、日曜日の午前中は、子供向けのテレビ番組が多く、小学校でも友達の間でしばしばその話題がでました。ところが、私は教会学校とミサのために日曜日の朝は、教会に行っていたので、見ることが出来ず話題にもついていけませんでした。

ですから、私としては少なくとも教会学校が終わったらミサに出ずに家に帰りたかったのです。それで、あるリーダーに「ミサに出なくていい?」と毎週のように聞いていました。そのリーダーは、私の問いかけに対して、「だめ!」とか「出なさい!」などの厳しい言葉は一言も言いませんでした。そのかわり首を縦に振ったことも一度もありませんでした。今ではそのリーダーに対してとても感謝しています。

小学校5年生から中学受験のために塾に通うことになり、教会には一月か二月に一度、日曜日の夜のミサに、侍者をするために行くだけになりました。中学に入ってからは、他の教会のサマーキャンプなどには参加していましたが、藤沢教会との縁は、たまに侍者をするだけになっていました。

そんな私が、また教会に通うようになったのは、ある神父様との出会いがきっかけでした。その神父様は、私の高校の物理の先生でもあった方なのですが、私が高校一年の時に私の学年の担当司祭になられ、あるときカトリック信者の学生を一人ひとり研究室にお呼びになったのです。

私の番になり、少し緊張しながら理科研究室に入っていきました。神父様は、私に色々と質問なさいましたが、その中の一つが「君はどのくらい教会に行っていますか?」というものでした。私は正直に、「一月か二月に一度、侍者をしに行きます」と答えました。すると、神父様は口を開きこう言われました。

「君ねえ、信者が毎週教会に行くのは当然のことなんです!」。

今思い出してみても、なぜ私がその言葉に心を動かされたのか説明は出来ません。神父様の確信に満ちた言い方に何かを感じたのでしょうが、よくわかりません。とにかくそのことをきっかけにして、私はほとんど毎週日曜日、藤沢教会でのミサに行くようになりました。

その後、高校三年生の時、侍者会のリーダーをして欲しいと頼まれて、引き受けました。それ以来、侍者会の関係で、神父様たちや教会の大人の信者さん達とも接するようになりました。その後大学受験に失敗し一浪しました。浪人時代は、塾に行かずさびしかったこともあって、教会で人に会うのが楽しみで、日曜日には何度も侍者をやったりしていました。大学に入ってからは、中高生会のリーダーも兼ねることになり、藤沢教会での活動はますます私の生活の中で大きな部分を占めるようになりました。

それ以前には漠然とした憧れでしかなかった司祭召命を、自分の問題として具体的に考え始めたのは、このころです。きっかけを一つに絞ることは難しいですが、まず思い出すのは、この時期に何人もの魅力的な神父様方と出会う機会をいただいたことです。

その中で特に印象深いのは、当時私が通っていた大学の隣の教会にいらした神父様との出会いです。藤沢教会で紹介していただいた後、連絡がつかないでいたのですが、偶然大学の講義室で再会したのです。それ以降、大学の講義の合間などによくその教会に遊びに行くようになり、色々な行事にも参加するようになりました。それ以外にも、その神父様には挙げればきりがないほど本当によくしていただきましたし、私が神学校を受験するかどうか迷っているときもずっと励まし続けていただきました。

もう一つ、司祭職を考え始めた原因としては、藤沢教会共同体の存在があります。今でもそうですが、共同体のみなさんのおかげで、藤沢教会は私にとって、とても良い居場所です。そのような教会の雰囲気の中で、いつからか「教会という場所で働きたい」「育ててくださった藤沢教会のみなさんに恩返しできるような道に進みたい」と思うようになったのです。

そうかといって、「司祭になるぞ!」というような力強い決意があったわけではありません。大学4年になっても「司祭職に魅カは感じるし、他になりたいものがあるわけではないけれど、こんな消極的な動機で神学校を受験していいのかな〜」と思っていました。そんなとき、当時よく相談に行っていた神父様(この方は、先ほど登場した神父様方とはまた別の方ですが)、その方が「僕は、特に否定的な理由がなければ、神学校に入ってもいいと思うよ」とおっしゃって下さったのです。それで私も「ならいいか、もし神様に呼ばれていないなら、いずれ必ずそうだとわかるはずだし、もしそうなったら、そのときにまた他の道を探せばいいや」と開き直って神学校の受験を決めたのです。

あれから、もう3年半がたちます。神学校でのカリキュラムも半分が終わりました。1年目、2年目はかなり気持ちが揺れ、神学校を辞めるということが、頭をかすめたことも何度かありました。3年目になると気持ちもだいぶ落ち着いてきて、今に至るまで神学生を続けています。

今までお話した以外にも、本当に多くの方に支えていただき、そのおかげでこれまで歩んでくることができました。素晴らしい出会いをたくさん用意してくださった神様と、出会った方々お1人お1人に心から感謝しています。また、特に祈りと援助によって支えて下さっている皆様、とりわけ一粒会の皆様には感謝しております。

この先、私の召命がどのように進んでいくかは、神様しかご存じないことですが、私自身は、これからも司祭召命の道を歩み続けて行きたいと思います。どうぞお祈り下さい。