2007年5月20日 復活節第6主日(C年)

堅信②講話要旨 「父なる神様」

30年前に、私は聖地を巡礼しました。エリコで私は一つの経験をしました。そこの近所の子供は発掘の現場の丘にのぼって、上からお父さんを呼びました。 使った言葉は「アッバ、アッバ」でした。お父さんは、丘の上の子供を見て、微笑み、はげましました。また、子供は急にすべり台からおりてくるように、降り てきて「アッバ、アッバ」 ともう一度呼んで、お父さんの腕にとびついて、抱かれました。本当に楽しい媛かい雰囲気の場面でした。  イエス様は2千年前に同じ「アッバ」とい呼ぴ方 をつかいました。というのは、イエスは「アッバ」父である神様について何回も何回も次のように教えられました。

私たちの神様は罰する方、厳しい方、恐ろしい方、ではないかえってやさしいお父さんである神様です。したがって、私たちは愛された子供 です。イエス様はそのやさしい教えのために、その時代の小さい子供の言葉「アッバ」を使いました。(現在の「パパ」と同じ使い方)非常に親しい暖かい言葉 です。イエス様のこの言葉の使い方の裏には、大事な教えの意味が含まれています。というのは、私たちを弱い子供としてうけ入れて下さる神様は非常にやさし い方、そして私たちを大事にLてくださる方、いつも私たちを深く愛する子供としてやさしく見守って下さる方です。

したがって、そのようなやさしい「アッパ」、神様に対する私たちの答えは、やはり信頼です。イエス様の時代の大勢の人々にとっては神様 は罰する神、厳しい神、恐ろしい神でした。人間は恐れを持って、厳しい掟を守りました。神様は冷たい逮い方だと思っていました。厳しい尊敬だけを当時の人 々は持っていました。

皆さん、私たちはイエス様のやさしい教えを受け入れたでしょうか。まだ、旧約時代の信者でしょうか。神様は「アッバ」父だ、これはイエ ス様の慰めの訪れ、喜ばしいしらせです。この教えは私たちへの大きな慰めであると同時に、大きなチャレンジをも求めます。そのチャレンジは神様のやさしさ に信頼することなのです。堅信を受けることとはこのチャレンジに答えることです。

★「慈しみ深い神よ、あなたの御手にわたしのすべてを委ねます。」★

今週中のお勧め。この聖書の箇所を開いて祈ってください。

  1. イザヤ書(43:1-5)   私たちを造られた主、神は今、こう言われる。   恐れるな、わたしはあなたを贖う。あなたはわたしのもの。私はあなたの名前を呼ぷ。私は主、あなたの神、あなたの救い主。わたしの目にあなたは価い高く、貴く、私は貴方を愛している。恐れるな、私は貫方とともにいる。
  2. ローマ書(8:15)  聖霊によって、私たちは「アッバ」父よと呼ぶのです。この聖霊こそは、父なる神の子供であることを私たちに悟らせて下さいます。
  3. マルコ書(14:36) イエス様の苦しみの時の祈りです。「アッバ」父よ、貴方は何でもお出来になります。この苦しみを私から取りさって下さい。しかし、私がねがうことではなく、御心にかなうことが行われますように、
  4. イザヤ書(66:13)  神はこう言われる。「母がその子を慰めるように、私はあなた達を慰める。」
  5. ルカ書(15:11-24) やさしいお父さんと放蕩息子のたとえ話。