2007年10月7日 年間第27主日(C年)

紀元前6世紀、ハバクにとって物事はすべて最悪の状況でした。彼の国は戦いに敗れ、敵の軍勢に占領されてしまいました。ハバクは神に見捨てられ空虚な思いをかみしめていました。あなたはこのような思いをしたことはありませんか?この時、ハバクは礼儀も何もかなぐり捨てて、心の思いをそのまま神にぶつけています。神に対してハバクは泣き叫びました。「なぜ、なぜ、なぜあなたはわたしを見捨てたのですか、神よ!」 これは、わたしたちが切羽詰まったときの、祈りの手本です。このように祈ることは、神に対して失礼にはなりません。それどころか、正直な心のそこからの祈りであり、まさに神が欲しているものなのです。
強い言葉を用いて神に叫ぶことは、聖書においてしばしば描かれています。ハンナ、エレミアもそうでした。イエスは詩篇22章を「神よ、神よ、なぜ私をお忘れになったのですか?」と叫び祈っています。この祈りは空虚な心から発せられていますが、神の私たち一人一人への無条件の愛、堅固な基礎によってたつものです。
しかし、時として私たちはこのような「無条件の愛」も確かでないように思う時があります。そんなとき、今日の福音にある祈りを思い出してみましょう。
「わたしどのもの信仰をましてください」(ルカ17:5)
わたしたちが「魂の暗い夜」と呼ばれる時を過ごすとき、神が沈黙しているように思えるとき、空虚な心のまま必死になって神に向かって叫びましょう。
ハバクと私たち一人一人への神の返事はこのようなものです。
「私は人を欺くことはない。たとえ、遅くなっても、待っておれ。それは必ず来る、遅れることはない。」(ハバク2:3)
神よ、あなたは私たち一人一人に無条件の愛をお与えになります。私はそれを信じます。どうか、わたしどもの信仰を増してください。