2008年1月20日 年間第2主日(A年)

今日朗読されたイザヤ書の中の一節を、私は特に強調したいと思います。それはイザヤ49章5節、「私の神は私の力」です。
まず、最初の言葉「私の神」についてです。神とは誰、神とはどんなものでしょう。
神は優しく、思いやりがあり、愛情深い父親(アッバ)です。
神は私を、神が特別に愛する子供として、面倒をみてくれます。
そう、私たち一人ひとり皆わけへだてなく、このように言うことができるのです。この真実が私たちを自由にしてくれるのです。
神は私たちの私たちのすべての欠点を知っており、そのうえで私たちを愛してくださいます。
神は私たちを、私たちの弱さにもかかわらず愛してくださるのではなく、私たちが弱いからこそ愛してくださるのです。
神の愛は無条件のものです。
では次の言葉、「私の力」を見てみましょう。実際のところ、私たちに力を与えてくれるのは神なのです。この力を受け取るために私たちは
まず最初に私たちの弱さを認めなければなりません。私たちは私たち自身の力だけでは人生の道を歩んでいくことはできないのです。
さあ、謙虚に私たちは神の力が必要だと認めましょう。もしそうしなければ、わたしたちのつまらないプライドによって神の力が私たちに届かなくなってしまうのです。
神は喜んで私たちに力をお与えになります。神の力は私たちに勇気と忍耐力を与えてくださいます。
この「私の神は私の力」という言葉は、旧約、新約の両聖書にしばしば現れます。旧約聖書にでてくる人物達はみな自分たちが弱く、神が望むとおりに行動できないと言って
います。アブラハム、モーゼ、ギデオン、イザヤ、エレミヤ、エゼキエル、みなそうでした。
新約聖書では、イエスはこう言っています。「わたしはあなたと共にいる。」これは、イエスは私たちのそばにおり、私たちが人生を歩むのに力を与えてくださる、というこ
とです。イエスは「私から離れたら、あなたは何もできません。」とも言っています。イエスは聖パウロとそして私たち一人ひとりに、「あなたが弱っているとき、私はあな
たの力となる。」(第2コリント12章)と言っています。
今週、この言葉を何度も思い出し、よく考えてみましょう。
私の神は私の力。