2008年5月18日 三位一体 (A年)

私の持っているカメラでは、写すときにマニュアルで焦点をあわせなければなりません。そうしないと、ぼんやりとした画像になってしまいます。同様に、私たちが神に向かい合う時に、「心の焦点」を合わせる必要があります。さもなければ私たちの祈りはぼんやりとして霧がかかったようなものになってしまいます。

さて、ここでいう神と誰でしょうか? イエスは神は唯一ひとつの神しかいないと強く言っていますが、その唯一の神は、父と子と聖霊の三つのペルソナからなっているとも言っています。こう言われてみて、ではどう三つに分けたらよいかなどと難しい神学的算数を始めたりせず、この教え自体がどのような精神に基づいているかをご理解いただきたいと思います。神が三つのペルソナからなる、すなわち三位一体は神の内面の説明であり、すなわち神秘です。この教えの精神は、神はあなた自身のために、特別な愛を持っており、その愛と一体となることができるということです。味わってみましょう。

父である神:私たちは神の愛に包まれた神の子です。神は私たち人間の弱さ、はかなさをよく知っておられ、ありのままの私たちを受け入れてくださいます。今日の第一朗読、出エジプト記でユダヤ人は神を拒み、別の神を拝みました。これにもかかわらず、「神は憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ちた神である」と書いてあります。

子である神:人間としてこの世に現れたイエス・キリストのことです。2,000年前、イエスがどんなに優しく、許しに満ち、親切であったかは聖書にある通りですが、それは今日、私たち一人一人に対しても全く変わりません。「私はあなたを名前で呼ぶ。私はあなたと共にいる。」

聖霊としての神:平和、力、慰めの源泉です。聖霊は私たちの心に暖かさ、導き、力、つまり一言でいうと「愛」を与えてくれます。 洗礼の際のことばは「父と子と聖霊の名により私はあなたに洗礼を授けます。」となっていますが、これは、私たちは神ご自身の暖かさ、庇護、そして親密な交わりに招かれていることを意味します。この極めて深い意味を理解することができれば、私たちの日常は、喜びに満ちた日々となるのです。