2008年5月25日 キリストの聖体

今日は教会では、ラテン語でコーパス・クリスティ(キリストの聖体)と呼ばれる特別な祝日です。最後の晩餐でイエスはパンを掲げ、厳粛に「これは私の体である。これを私の記念として行いなさい。」とおっしゃいました。「これは私の体である。」という言葉は、「これは私自身であり、あなたの心を強める食べ物である。」という意味です。

しかし、引き続いてイエスはとても重要な、深遠な意味に満ちたことを言っています。「これを私の記念として行いなさい。」 この「記念」ということばは聖書学的には特別な意味を持っています。厳粛にその行為を繰り返すことにより、過去の行為が現在に再現される、という意味です。(この意味での「記念」はキリスト教のみに見られることではありません。たとえば、豪州原住民アボリジニの原始宗教でも過去の出来事を祝うことによって、そのことが現在の自分たちに再現されると信じています。宗教的行事という意味ではカトリックのミサも同様です。最後の晩餐は現代に生きる私達に再現されるのです。)

イエスはミサにおける御自身が、私達の心の食べ物であることを示すために、パン(種なしパン)を選びました。ちょうど普通の食べ物が私達の身体に力を与えるように、イエスは私達の心に霊的な活力を与え、それにより私達は日常生活を乗り切っていけるのです。

イエスは私達に親しくしてくださいます。私達が日々、人生の旅路を歩むうえで、イエスは共に歩き、助けてくれる友達です。

そんなイエスの食卓に招かれている私達は、まことに、幸いなのです。

注: 親しみ、友人を意味する英語「コンパニオンcompanion」は、com = with, pan = bread, の2語より造語されており、「共にパンまたは食べ物を食べる」意味からきています。