2008年6月29日 聖ペトロ 聖パウロ使徒

聖パウロの生誕2000年を記念して、今年の6月28日から来年の6月29日まで、私達は「聖パウロ年」をお祝いします。

聖パウロは、「力」や「強さ」という言葉を、私達が普通使っている意味とほとんど逆と言っても良いほど、非常に特別な意味で使っていました。 その一つの例として、今日の聖書朗読(2テモテ4章17節)では、「主は私のそばにいて、力づけてくださいました。」とあります。 また第二コリント人への手紙(12章9節)ではイエスはパウロに「あなたが弱っている時こそ、(あなたに与えられる)私の力は最も強くなる。」と言っており、これをパウロは自分自身(そして私達)に、「だからこそ、私が弱っている時こそ、私は強くなる。」と同10節で結んでいます。

ここでイエスとともに歩んでいく第一歩を踏み出してみましょう。 まず、私達は自分が自給自足の、完全に自立した存在ではないこと、心安らかで満ち足りた日々を送るためには私達自分自身の力だけでは力不足であること、このようなことを認めることが必要なのです。 私達人間は、はかない、頼りない存在です。 私達は、(聖書的な意味で)「弱い」のです。 言い換えれば、私達は神の力に頼っているのです。 神に頼らなければならないことを認めましょう。 はかない、不完全な人間にとって、神への依存は健全なものなのです。

今日の聖書朗読(2テモテ4章6−18節)で、パウロは収監され、死に直面していました。 パウロは当時ギリシアで行われていたオリンピア競技のイメージを使って説いています。 自分自身の人生を振り返り、「私はレスリング競技をよく闘い、マラソンのコースを走り切り、そして今イエスから、朽ちてしまう月桂冠ではなく、栄光の冠をいただきたいと思っています。」 あなたは人生を終える時に、このように言えるようになっていたいとは思いませんか? わたくしは実にそう思います。

さあ、パウロのように人間のはかなさ、人間であるからこその弱さを認め、私達に力、強さ、助け、勇気を与えてくださるイエスに助けを乞いましょう。

私達誰もが、聖パウロと同じように、「主は私のそばにいて、力づけてくださいます。」と言うことができるのです。 ゆっくりと、静かにこの言葉をかみしめてみましょう。 私達の一日を、そして実に一生にわたって、励ましてくれる言葉です。