2010年2月7日  年間第5主日   (C年)

 後に聖人となったペトロはもともとは漁師を生業としていました。彼は漁に最適な時間は夜であることを知っていました。日が明るいと魚は獲れなかったのです。ある夜ペテロは夜通し漁をしたのに一匹も魚は獲れませんでした。その夜の漁は失敗でした。

 イエスはペトロの舟を説教壇の代わりにして人々に教えを説きました。その後、イエスはペトロに「沖に漕ぎ出て網を降ろし、魚を獲って来なさい。」と言いました。ペトロは日中にそのようなことをしても無益だと知っていましたが、大工であるイエスの言うことに素直に従いました。イエスはペトロの失敗を責めず、むしろ励ましました。ペトロはイエスに従うようになり、それは報われました。ペトロは新しい人生と力を見つけたのです。

 私たちはみな、人生において大なり小なり失敗をします。友人として、チームのメンバーに選ばれたかったのに、他の人が選ばれた...意見を聞いて欲しかったのに、声の大きい他の人が注目されてしまった、などです。ベストを尽くしても、負けたり失敗したりと言うのはよくあることです。ものすごく頑張って勉強したのに試験に落ちたり、結婚生活に努力を重ねたのに破綻したりします。子育てに全力を尽くしたのに子供が全てを拒否し、親として失敗したと思うこともあります。どうか、知っておいてください。私たちの神、イエスは、「お前が悪い。お前のせいでこうなったのだ。」とは言いません。本当の失敗とは、つまづいたことではなく、つまづいた後に立ち上がろうとしないことなのです。

 ペトロは失敗しました。が、イエスは「お前のせいだ。」などと彼を責めたりはしませんでした。そうではなく、イエスは「ペトロよ、櫂を手にして再び沖に漕ぎ出しなさい。」と言ったのです。

 イエスは今も私たちに対して同じことを言います。責めることなどありません。ただ、「もう一度、一緒に始めましょう。」と言うのです。

 失敗の後に、立ち止まって祈れば、私たちは失敗一つひとつの裏に神からの呼びかけがあることに気づくでしょう。神は私たちに再スタートを切るよう呼びかけ、そして「私があなたのそばにいるのだから恐れることはない。沖へ再び漕ぎ出しなさい。」と言っているのです。

 日本のことわざにあるように、「失敗は成功のもと」なのです。 失敗しても自分を責めるのは止めましょう。私たちの優しい神様は決して私たちを責めません。失敗の後に、私たちは神様ご自身とその助け、その力に出会うことができるのです。試してみてください。